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大連から帰国する日、妻の知り合い筋の方が、ホテルまで迎えに来て下さった。平日のAMだというのに。
身内に、そして身内に関連する人には、中国人とは頭が下がるほど面倒がいい。 彼は、妻の親友の、旦那の、弟さんの、いとこ。あれから9年たって、再会したことはないが、元気でおられるとのこと。 当時の大連から成田へ就航する便は、JALと中国南方航空が共同であった。だからJAL所属のキャビンアテンダントと中国南方航空所属の客室乗務員が協力してサービスに当たっていた。 中国の航空会社だけの便だとCAは乗せてやってる、としか言えない態度を見せることが多い。だがそんな彼女らも日本のCAと一緒に仕事をすると、サービスの質が格段に向上するようだ。笑顔すら見せる。 悪貨が良貨を駆逐する、とはいうが、悪貨が良貨を見習う、ということもあるものなのだろう。 なかなか快適なフライトだった。 妻は2週間ほど滞在して、諸々の事を片付けて帰国する予定。 私は中国に移り住むため、日本での様々な片づけを本格的にすることになる。 転職EX PR |
大連では二日間、妻の知り合い世話に同行していただき、移動も食事もずっとお世話になり楽ができた。
その後最後の1日は私たち夫婦だけで観光した。 私は中国人である妻に全て‘丸投げ‘で気楽だった。 普段はおおらか、というか大雑把な彼女だが、観光地やレストランに行く際は、ことのほか慎重だった。 曰く、中国人といえども、見知らぬ土地では、ぼられたり騙されたりすることが当たり前。ホテルでは泊まる前に値段の交渉やサービスの確認は必ず必要だし、レストランでは、メニューがなければ店を出る、とのこと。 確かに。 ホテルの部屋にお金を置き忘れれば小銭であってもなくなってしまうのが通常だし、千円でおつりが出るようなアクセサリーも平気でなくなる土地柄だ。メニューを持ってこない個人経営と思しき食堂はあまたある。 中国語を一切話せない日本人旅行客が1人で大連の食堂に入り、従業員の勧められるまま注文をしたら、麺類が2000円、アワビが1個3000円等々、おまけにこのアワビ料理は皿もセット販売になっていて、皿代に8000円ふんだくられた、なんて話を知人の知人の実話として聞いたことがある。 中国の露店で、値段をつけて品物をならべるのは正直な部類。客のなりを見て値段を言う、というかつける習わしだから、中国に行って値切って買ったよ、と自慢げにいう日本人の話を聞くたび、現地の人が買い物をしたら、その半分くらいで買えるんだろーなー、と思ったりする。 妻とその知り合い筋のお蔭で、大連では騙されることなく、恐らくはぼられることもなく、犯罪に巻き込まれることなく、日本に行く日を迎えた。 アルバイトEX |
大連についた。
大連では妻の知人が案内してくれるというので安心だ。 どんな方が世話して下さるのかと,妻によくよく聞いてみた。 妻の親友(私ももよく知ってるよ)の旦那(時々あう)の弟(知らない)とその従弟(誰?っていうか,ナニ?)と言う.妻も,会ったことがある,というより見掛けた事がある程度の,仲だと言う. 中国の慣習,大炸裂だ. 私だったら,かみさんの親友に頼み事はようせんし,そのきょうだいに何かして貰おうとはまったく思い付かない.その従弟となれば全くの他人だ. 空港で互いにケ-タイで話しながら近付き相手を確認する.ケ-タイは偉大だ. 日本車に乗せてもらい,名所旧跡を見て回る. ´妻の知人達´はとても親切だ.車内では,原曲は日本の歌をずっと流していてくれた. 私達夫婦の観光に丸二日付き合ってくれた. 浜辺には大勢の海水浴の客で賑っている.山を背に,海が広がる風景は美しい.何と無く横須賀に似ている様な気がした. ジコチュ-で公共心に欠ける,イヤ無い人が多い中国だが,一度関係を創ると,ベラボ-に親切で気さくな東北人達でもある. 何事にも,光の裏には影があり,影の裏には光があるという事か. 未経験 派遣 |
H市ではホテルなどには泊まらず、妻の実家で数日お世話になった。
都市部の中産階級のくらしは、日本でのそれと大差はない。 家電はあらかたそろい、調度品も立派なものだ。 面子を最重視するから、無理をしても立派なものを買っている、ともいえるが。 ただ、中国国産の家電は、驚くほど早く壊れることが多い。TVが爆発した、というニュースがちょっと前に流れたが、あちらでは別段驚くようなニュースではない。 この時は、電機、ガス、水道が止まらず、かなり快適に過ごせた。少々気づまりではあったが。 中国人は度々「不客気」と相手に投げかける。遠慮しないで、といった意味だ。 日本では遠慮勝ちにふるまうのがよしとされるが、中国では違う。傍若無人な振る舞いは厳禁だが、一般的な感覚と道徳を持ち合わせている日本人であれば、思い切って図々しく振る舞うくらいでちょうどいい。 そうはわかっていたものの、なかなか図々しくできず、彼らには遠慮の塊と思われたようだった。 数日のH市での滞在を終え、大連に向かった。 大連経由で成田に飛ぶので、せっかくだから大連観光をすることにした。 ド短期アルバイト |
私は部屋を借りるにしても買うにしても、とりたてて条件がない。大事なのはただ一つ、コストパフォーマンスの良しあし。あとは静かかどうかだが、内覧だけでは近隣の住民がどんな人かわかりずらい。
私は妻が見つけたこの部屋を結構きにいったのだが、妻の親族たちは、ほかのマンションにするべき、と口をそろえた。 物件に欠陥を見つけたからではなかった。 彼らは、糖尿病が発覚し、治療でやせ細り、糖尿病性網膜症と進行しつつあった白内障の為視力は低下した私が、エレベーターのない9Fの部屋に住んでは、ろくに外に出られなくなる、と心配してくれたのだった。 漢族は他人を石ころ同様に扱う場面に度々遭遇するが、身内には大変に親身である。 親身であるのはありがたいが、もう手付を払い、仮契約も終えている。 日本人的には、仮契約までしてそれを破棄するのは、何かばつが悪いし、手付ももどらないものだろうから、そのまま買っちゃえ、と考える。 しかし中国人である妻と親族たちはそーゆー感情を持ち合わせない。 私がその部屋を買うのをやめた、と決めれば、即刻契約を白紙にする腹積もりなのである。 手付金のことを尋ねると、当然戻ってくるわ、との答え。 中国での手付金とは、ずいぶんユルイものだと感心しながら、不動産屋には少々ばつの悪い思いを抱きながら、部屋をキャンセルすることにした。 急募 転職 |
妻の親族たちと再会したのは8か月ぶり。私は彼らがすぐわかったが、彼らはいぶかしげに私を見つめた。
8か月前は、糖尿病に気付いておらず、体重は78KG位だった。このときは治療で激やせし58KG未満。同一人物とすぐに解らないのは無理もない。 あいさつを終え、10人以上の内覧御一行様が階段を上る。 中国のマンションの部屋は、でかい設計だ。だから私の9Fにある部屋にたどり着くのは、結構大変だった。エレベーターの設置義務はないため、階段を上り下りするしかない。まー、外に出るだけでも、糖尿病の私にとってはいい運動だ。 部屋に入る。面積は120平方メートル。家具はないこと、床から天井まで高いことで、小さな体育館のような実感だった。 この時は永住するつもりだったから、ここが終の棲家か、と感慨にふけっている私の横で、妻と親族がすっかり話し込んでいる。 中国人同士が早口でおしゃべりしているのを聞き取るヒヤリングの力量がない私は、彼らが何を話しているのか解らなかった。 だが、この部屋のことを話し合っていることはわかった。そして親族たちはここを買うのはよした方がいい、と妻に進言しているような感じだった。 未経験 派遣 |
朝とも昼ともつかぬ時間にH駅についた。
平日のそんな時間にも関わらず、義弟が‘会社の!‘クルマで迎えに来てくれた。 漢族は、本当に身内には良くしてくれる。そして共産党関係の会社の正社員、しかも共産党員なら、働き方にも相当な融通が利く。 駅から20分くらい車に乗り、購入予定のマンションが建つビルについた。 でかい。高い。広い。 日本にだって高層マンションがたくさん建つている。建物の高さなら、どちらが高い、ということはない。 中国のが高く感じるのは、階毎の空間の大きなことだ。 実感として、日本の14階建ての高さの集合住宅の建物なら、中国のそれなら、10階建てくらいになるのではないか。 177cmの私は、日本の都市の住宅の玄関で、うっかり頭をぶつけてしまうこともたびたびだ。しかし中国ではこうした事は皆無だった。 クルマを降りると、義父母、義母の妹とその家族、義姉とその息子さんまでもマンションの前で待っていて、私たち(というより、私の妻を、か)迎えてくれた。 日本では親戚づきあいをろくにしない家庭で育った私は、この出迎えに感謝の気持ち、よいうよりは、家族・家庭のあり方が全く異なるこの人たちのありように、たまげた。 ド短期アルバイト |
改札口の前は、既に乗客の列がぎっしりだった。
雰囲気は殺伐としている。 空港での列の雰囲気とは明らかに違って、華やいだ空気が感じられない。 30分以上待って、やっと列が動き出した。 改札では、飛行機に乗るときと同じように、荷物のチェックを受ける。 改札に入ると、皆小走りに走り出す。なんとまあ、せっかちな、とも思うが、理由がある以上仕方がない。 寝台席は軟座といい、自分たちの席を見つけ、腰を下ろす。 日本の寝台席は、寝るときに車掌がベッドをこしらえるが、中国の軟座が、まんま、ベッドである。 カーテンもなく、素通しだ。落ち着かない。 寝付く人も多いが、夜通し大きな声でおしゃべりを続ける輩も少なくない。これをうるさいと感じないのが彼らの文化なんだろうなあ、と思って一夜を過ごしたが、降車して、妻にこのことを尋ねてみた。 彼女曰く、 「うるさいかった!中国人はバカです。(直接話法)」 半日ほど快適ではない時間を過ごし、H駅にたどり着いた。 ド短期アルバイト |
長距離の列車の切符を予め買っておくのは、中国人でも容易くはないとのこと。
既にそれは手元にあると思っていたが、そうではなかった。 妻は、ご子息を北京の大学に学ばせている同僚に、切符の手配を託してあった。 妻と同僚は‘自己人`、お互い頼りにしあっているが、ご子息とは面識がない。それでも彼は、母の自己人のため、結構苦労して切符を確保してくれていた。 お上も法も頼りにならない社会、コネを大切にするのは当然だ。中国の人治主義が根強いのも無理からぬ話。 ともあれ切符を手にし北京駅へと向かった。 指定席だから、早くいく必要などない、というのは誤りだ。 かつては、当局の間違いで、予約した席がWブッキングになり、すったもんだがよくあったらしい。そんなことに備えて早く席についておこう、という気持ちがあるとのこと。 それと、おっとり自分の席に行くと、荷物棚が埋まって、荷物を置けなくなるから、皆駅で早くから並ぶのだそうだ。 出発まであと1時間半もある。並ぶのや待つのは嫌いだがしかたない。 大混雑している改札前で並んだ。 未経験 派遣 |
北京でいろいろ見て回った。王府井、北京動物園、天安門、孔廟、等々。
中国人民抗日記念館にも、中国人が日本と日本人をどうとらえているか知る手掛かりになると考え、行ってみたいと妻に伝えた。 彼女は行きたくないという。 日本人である私を気遣ってくれたこともある。と、同時に、彼女自身行きたくないという気持ちが大きかった。 中国人は今でも、第2次世界大戦で、非道な日本軍に筆舌に尽くしがたいダメージを受けたことを覚え、学び、怒っている。 そして少なからぬ彼らは、自分の政府がいつも嘘をつき、中国共産党は決して人民の為に働いていないことに気付いている。 件の記念館も、信用と鑑賞に足りるところではない、と妻は言い、観光バスを見つけ、お決まりのコースを観光することにした。 まあ、正直、万里の長城以外は、あまり感銘を受けなかったし、記憶もない。 鮮烈に覚えているのは、ただ一つ。 多くの観光地で、物乞いの子供たちが、少々オーバーに言えば、50mおきにいたことだ。 彼らは、貧乏な家の子とか、失業者の子なのか、と妻に聞いた。 違います、と答えた。 農村などで誘拐され、「親分」に物乞いを強制されている、とのこと。 治安の厳しい天安門ではこの子たちを見なかったが、ほかではたくさん見た。 2005年、中国の経済はますます発展し、日本のGDPをすっかり射程に入れ始めた夏の北京観光であった。 ド短期アルバイト |